優しい鎖4
週明けの放課後、朝輝は数学準備室に居た。
それは、例によって黒崎教諭に手伝いを頼まれたからであった。
しかし、黒崎教諭は朝輝をソファーに座らせただけで何も仕事を依頼しては来なかった。
(どうしたんだ…?)
朝輝が困惑していつも出されるコーヒーにも手を出せずにいると、黒崎教諭はようやく重い口を開いた。
「藤崎君…彩条院とは一体どういう関係なのかな…」
「え…」
朝輝は何を突然言い出すのだろうかと不思議に思った。
だが、その言葉の答えは、黒崎教諭からすぐに語られた。
「見たんだ…君が彩条院君とキスしているのを…」
と。
その言葉に、朝輝は衝撃と絶望を感じた。
声が出ず、ガラガラと何かが崩れ落ちるような錯覚に陥った。
だから…朝輝は気付けなかった。
黒崎教諭が自分に近付いて来ていることに…。
ゆっくりと近付いて来る唇に朝輝が気付いたのは、その唇が自分の唇と重なりあった後だった。
「…っ、んっ…やぁ…ん」
何重ものショックに打ちひしがれている朝輝の口腔を黒崎教諭は貪欲に犯した。
怯え、逃げようとする舌を捕らえ、絡ませ、自らの唾液を送り込んだ。
朝輝は、何度も抵抗を試みたが、あっさり封じられてしまい、その内にだんだん頭がボーッとして来てしまった。
朝輝は、ソファーに押し倒され、ようやく解放された。
しかし、状況はもはや取り返しの付かないものとなっていた。
「ど…して…こ…なこと…」
ショックで我を無くしそうになりながらも、朝輝は黒崎教諭にそう問い掛けた。
その問い掛けは乱れる息のせいで途切れ途切れになっていたが、それが朝輝の今出来る精一杯であった。
そんな朝輝を見下ろしながら黒崎教諭は余裕で、
「君の心と身体を手に入れるために決まっているだろう」
と言った。
その表情は、朝輝の知っている黒崎教諭ではなかった。
今の黒崎教諭には、暗い闇と、悪意と欲望しかなかった。
朝輝は、その闇に完全に呑まれ、ブレザーのボタンを外されても一切の抵抗をしなかった。
「さすがは全国トップクラスの頭脳の持ち主だ。理解が速いね。そう、君は僕のモノになるんだ。今この瞬間、君は彩条院卓実から解放されるんだ」
そう言われた時、朝輝の脳裏を卓実の哀しそうな表情が過ぎった。
その時、朝輝は我に返り、黒崎教諭から逃れようと再び抵抗をし始めた。
結果は先程と同じであったが、先程と違い、朝輝は黒崎教諭を睨み付け、
「離して下さい。俺はあなたのモノになるつもりはありません」
と言い放った。
しかし黒崎教諭は全く動じなかった。
むしろ反応を楽しむように悪意に満ちた笑顔を朝輝に向けた。
「残念だなぁ…。賢い君らしくない判断だと思うんだけどなぁ…。もし僕が彩条院君との関係をばらしたら、君はこの学園に居られなくなるんだよ?親にだって迷惑を掛ける事になる。それでもいいのかい?」
「脅しですか?」
「酷いなぁ…君を思って言ってあげているのに…。君は分かっていないんだよ。己のしている事の重大さが。このままいけば、2人共大事なものを無くす事になるだけだ。それでもいいのかい?彼を救いたくはないのかい?救いたいなら離れなさい。君は棘だよ。快楽しか与えない痛みさ」
その言葉に、朝輝の心は揺らいだ。
しかし、朝輝は逃げなかった。
「そんなこと分かっています。それでも、俺は離れられないんです。後悔すると分かっていても、俺はあなたに従うつもりはありません」
黒崎教諭はその言葉を聞いて、初めて表情を変えた。
不愉快だと言わん許りの表情へと。
しかしその表情はすぐに元に戻り、黒崎教諭は朝輝の元から離れた。
「今日は諦める事にしたよ」
上半身を起こした朝輝に黒崎教諭はそう言った。
朝輝は、何も言わずに部屋を出て行った。
黒崎教諭は、ソファーに身を沈めると、右手を目の高さの所まで挙げ、握った。
標的に絡めた鎖を、放さないと言わんばかりに…。