優しい鎖2


「本当に申し訳ないね。勉強で忙しいのに」
黒崎教諭は、本当に申し訳なさそうに朝輝にそう言った。
しかし、朝輝は全く気にせずに、資料を探していた。
黒崎誠一は、今年城里学園にやって来た数学教師である。
長身、整った顔立ち、優しく、友好的とどこをとっても非の打ち所ない人物だが、朝輝同様一般家庭育ちだということで、何かと雑用を押しつけられていた。
たまたまそれをみた朝輝は、つい放っておけず手伝うようになりすっかり頼られるようになってしまっていたのだった。
「あ、ありましたよ先生。これでいいんですよね?」
朝輝はそう言ってファイルを黒崎教諭に手渡した。
教諭は、申し訳なさそうにファイルを受け取ると、
「よかったら、コーヒーでもご馳走させてくれないかな?」
と言った。
朝輝は断ろうとしたが、このままでは先生も気がおさまらないだろうと思い、気が進まないながらも承諾したのだった。

「はい、どうぞ」
笑顔でコーヒーを差し出してきた黒崎教諭に笑顔を返しながら朝輝はコーヒーを受け取った。
ちなみに今朝輝が居るのは二学年数学準備室、簡単に言えば二年を担当する数学教師の部屋である。
この学園は、各教科二人ずつ教師がつき、各教科ごとに準備室が存在する。
場所は担当学年と同じ階で、一年なら一階、二年なら二階、三年なら三階となる。(美術等は別棟にある教室の隣りにある)
準備室は割と広く、机、本棚、テーブル、ソファー、などがあり、あとはその教諭の趣味でポスターやアンティークの人形などがある部屋もあるが朝輝がいる所はごく普通の部屋である。
「実はね、僕も特待生だったんだよ。君ほど条件は厳しくなかったけどね」
向かいのソファーに座った黒崎教諭は、苦笑しながらそう言った。
「そうだったんですか?何か先生上品な感じがするのに」
カップをテーブルに置いて、朝輝は少し驚いて言った。黒崎教諭は、その言葉に少し照れながら、
「家が母子家庭でね、その頃はちゃんと募集があったから、思い切って応募したんだよ。馴れるまでには結構時間かかったよ。だから…実は気になってたんだ、自分と同じような生徒がいるって聞いてさ…」
と言った。
その時の、黒崎教諭の視線に朝輝は一瞬不思議な感覚に襲われた。
捕らわれるような視線、知ってはいけないその視線に朝輝は、捕らわれそうになるかと思ったが、その時壁に掛けてあった時計が目に入り朝輝は、たちまち現実に引き戻された。
「マズッ…先生、申し訳ないんですが、そろそろ学校出ないと電車の時間ヤバイんで失礼させていただきます」
立上がり、朝輝はそう言って黒崎教諭に一礼をした。黒崎教諭は、『引き止めて悪かったね』と言って朝輝を見送ったのだった。

朝輝が教室に戻ると、誰も居ない教室で卓実が窓際の一番後ろの席に座っていた。
朝輝の存在に気が付くと、嬉しそうに朝輝の元にやって来た。
「た、卓実…。もしかして…待ってたの?」
卓実に抱き締められながら、朝輝は卓実に尋ねた。
卓実は頷いてから、
「今日はずっと朝輝の顔見れなかったから…。どうしても…こうしたかったんだ」
と告げた。
「それは、卓実が交流会サボったからだろ!急がないと、電車に遅れるから、放してくれ」
朝輝は、そう言って卓実の腕から逃れると中央列三番目の自分の席に行き、鞄をとった。
その時、後を追って来た卓実が、突然朝輝を振り返らせた。
「何すっ…ぅんっ…んっ…」
文句を言おうとした唇を塞がれて、朝輝は顔を歪ませた。
本当に苦しくなってきた頃、朝輝はようやく開放され、乱れる息を整えるのに精一杯になってしまった。
「今日…ウチに来いよ。明日休みだし…今日一人で居られそうにないんだ」
耳に卓実の声が響いて朝輝はゾクっとしてしまう。
卓実は、朝輝の腰に腕を回した。
こうなると朝輝はもう拒むことが出来なくなってしまう。
朝輝は卓実の首に腕を回した。
そして、再び二人の唇が重なりあっていった。

その姿を…廊下から見る人影があった。
普段からは想像も出来ない冷たい目で、黒崎教諭は二人を見つめていた。
しかし、黒崎教諭はすぐに踵を返し、来た道を戻っていった。
「藤崎朝輝…か」
そう呟いた黒崎教諭の顔には、悪意に満ちた微笑みがあった…。