優しい鎖1
「あー、やっと終わったな」
教室に戻る廊下で、圭典は朝輝に向かってそう言った。
今日は年に二回、春と秋に催される中等部との交流会の日であった。
この学園は、一学年150人いるかどうかという学園だが、通っている生徒が生徒だけに寄付金が多く(しなくても問題はないらしいが)施設がやたら多いのだ。
故に初等部と中等部、高等部、大学と場所が三ヶ所に分かれている。
だからかどうかは分からないが、中等部と高等部、高等部と大学間で交流会をしているらしい。
「そうだな。都津谷があんなに交流会を嫌がってた理由が分かったよ」
朝輝が苦笑しながら、そう言うと端正な顔を歪めて、
「いくら今迄の経験で身に着いているとはいっても、利益無さそうな奴等に愛想を振りまくのは、苦痛でしかない」
と言った。
そうこう言っている間に教室が見えて来た。
「でも、これでやっと一段落、だな。今年は本当に、あの彩条院がA組に来るっていう衝撃から始まったからな」
圭典の何気ない言葉に朝輝の心臓は跳ね上がった。
彩条院卓実、学園で知らない者はいない生徒であり、朝輝と誰にも言えない関係にある生徒である。
彩条院卓実とは、去年、入学して一ヵ月が経とうかという頃にであった。
初めて会った時はようやく友達が出来たと喜んだが、朝輝が上級生に襲われそうになった事件から、二人は抜けられない関係になってしまった。
一年が経過しても、その関係は続いている。さらなる深みにはまりながら…。
「人の話聴いてるのか?藤崎」
突然、都津谷に顔を覗き込まれて、朝輝は動揺しながら反射的に首を縦に振った。
「俺には聴いていなかったようにしか見えないがな。本当何で彩条院は外部進学のウチに来たんだろうな」
圭典は本当に不思議そうにいった。
だが、それは当然のことだ。
城里学園は、進路別にA〜E組にクラス分けがなされている。
A組は、医学部や芸術関係、海外留学、本人の希望で付属大学以外の大学等に進学する外部進学クラス、B〜D組は、付属大学進学クラス、E組はそれこそ金を積んで入学した、不良連中の厄介なクラス、そして卓実はまさにこの厄介連中ばかりのE組の人間だったのだ。
付属大学進学クラスの生徒が外部進学クラスにくることすら滅多に無いという学園において、卓実の行動は前代未聞の奇怪な行動としかいえなかったのである。
「さ、さぁな…。気になるなら訊いてみればいいじゃないか」
速まる心臓の鼓動を抑えられぬまま朝輝はそう言った。
すると直ぐに、
「気にはなるけど、ハイリスクはゴメンだな」
という落ち着き払った答えが返ってきた。
それを聴きながら、朝輝は去年の暮れの事を思い起こしていた。
それは、卓実が一人で暮らすマンションでの事だった。
「ほら、水」
上着を着ず、スウェットのみを身に着けた姿の卓実は、ベッドで横になっている朝輝にミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡した。
「痛むか?」
受け取った水を飲む朝輝を卓実はそう言って、心配そうに覗き込む。
朝輝は、少し枯れた声で、大丈夫だと答えたが、ますます卓実は、心配そうに表情を曇らせた。
そして、突然
「なぁ朝輝…もし俺が朝輝といつも一緒に居たいって言ったら…呆れるか?」
と訊いてきた。
「えっ?それってどういう事?」
朝輝が尋ねると、卓実は朝輝から顔を逸らしてから、
「俺…二年から朝輝のクラスに移る事にしたんだ」
と告げた。
「確かに、イロイロ言われるとは思う。でも、朝輝と出来る限り一緒に居たいんだ」
そう続けて、卓実は朝輝を抱き締めた。
朝輝は、卓実を抱き締め返した。
しかし、その表情は、苦悩に満ちていた。
「いいかげんにしてくれないかな、藤崎。何度俺を無視すれば気が済むんだ?」
圭典にそう言われて、朝輝は我に返った。
そこには呆れ返った圭典がいた。
「全く、教室に着いたのにどこに行こうとしてたんだ?」
睨まれながら言われて、困り果てながら圭典と共に教室入ろうとした時、朝輝は、後ろから声を掛けられた。
「藤崎君、少しよろしいですか?」
それは、新任の数学教師、黒崎誠一だった…。